沖縄県沖縄市。胡屋地区、中の町地区まで広がる文化圏で「コザ」の愛称で知られる同エリアで、全国各地からコワーキングスペースやコミュニティに関わるプレイヤーが一堂に会するイベント「FLC Fes 2025 in Koza」が開催されました。運営するのは、有意義なコワーキングスペースを全国に広げることを目的に設立された一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会(以下「JCCO」)。

「Find the new relationship between Local economy and Coworking space(地域経済とコワーキングスペースの新たな関係性を見つける)」と題された通り、参加者それぞれが「地域×コワーキングスペース」の在り方を模索する2日間となりました。

本記事では、「研究機関と地域との関わり方」をテーマとして行われたセッションの様子をお届けします。

研究機関と地域企業の関わり

本セッションでは具体的な連携事例が多く語られ、聴講者もケーススタディとして強い関心を寄せていました。

FLC Fesのセッション「研究機関と地域の関わり」には、地域に根ざした研究機関の関係者たちが集結しました。モデレーターを務めたのは、CIC Instituteの名倉 勝氏。CIC Tokyoの立ち上げにも関わり、日本最大級のイノベーションセンターを築き上げた名倉氏の進行のもと、地域との連携に力を注ぐ三人の登壇者が自らの取り組みを紹介しました。

モデレーターを務めるCIC Instituteの名倉 勝氏。

最初に登壇したのは、株式会社沖縄TLO代表取締役の照屋 潤二郎氏。同社は琉球大学の構内に拠点を構え、大学と企業との連携支援、技術移転などを担っています。

「私たちは『沖縄をつくる人の誇りをつくる』というパーパスを掲げています。企業の皆さんが新しい商品やサービスを開発する際、自社だけでは乗り越えられない課題に直面することがあります。そうしたときに、大学の教授や研究者の知見や特許を活用していただけるよう、橋渡しをするのが私たちの役割です」。

株式会社沖縄TLO代表取締役の照屋 潤二郎氏。

続いて照屋氏は、実際に支援した事例として、泡盛の蒸留粕という未活用資源に注目した企業と研究者の連携を紹介。

「この企業さんは、微細藻類の培養技術を持っており、蒸留粕を活用してDHAなどの成分を生み出す食品開発に挑戦しました。魚を食べなくてもDHAが摂取できる健康食品の可能性が見えたんです。企業の成功が、関わる人々や沖縄の誇りになると私たちは信じています」。

続いて登壇したのは、一般社団法人トロピカルテクノプラス専務理事の渡嘉敷 唯章氏。沖縄健康バイオテクノロジー研究開発センターと沖縄バイオ産業振興センターという2つの施設を運営し、バイオ関連企業の支援を行っています。

一般社団法人トロピカルテクノプラス専務理事の渡嘉敷 唯章氏。

「私たちが管理する施設では、企業にレンタルラボを提供し、食品、医薬、化粧品、健康食品など幅広い領域の研究を支えています。ラボは個室で、企業が自分たちで日々研究できる環境を整えています」。

さらに、分析装置やミニプラント規模の実証機器を揃えている点も、施設の大きな特徴です。

「農作物を粉砕する気流式粉砕機、微生物を培養するファーメンター、レトルト製造機やフリーズドライ装置など、商品化を視野に入れた実験が可能な設備を備えています。分析装置は県外の企業からも利用希望があるほどで、積極的にPR活動を行っています」。

三人目に登壇したのは、一般社団法人アントレプレナーシップラボ沖縄(通称ESLO)代表理事の名幸 穂積氏。琉球大学構内に拠点を構え、学生を中心とした起業支援を行っています。

「もともとは、大学内で行われていた学生向けビジネスプランコンテストの運営を手伝ったことが活動の始まりです。そこから、学生が起業という選択肢を持てるような支援体制をつくってきました。実際に私たちのプログラムからJ-Startupに選ばれる企業も出ています」。

一般社団法人アントレプレナーシップラボ沖縄(通称ESLO)代表理事の名幸 穂積氏。

名幸氏はまた、大学内に開設されたコワーキングスペース「琉ラボ」を紹介し、学生と教員、地域の起業家が交流する場の重要性を語ります。

「琉ラボには常駐のマネージャーがいて、学生や教員が気軽に相談できる体制を整えています。最近では、そこで出会った学生同士が共同創業に至った例もありました。大学内にこうした自由な場があることは、起業文化の醸成にとって非常に大きな意味があります」。

3名の登壇者が語ったのは、それぞれの立場から見た地域連携と研究機関の可能性です。支援の形は異なれど、根底に流れていたのは「企業や人と機会をマッチングする」ことの重要性でした。

声をつなぐ、壁をひらく

登壇者それぞれが課題について語ったセッション中盤。

研究機関と企業が連携する際に立ちはだかるのが、互いの距離感や心理的なハードルです。FLC Fesの会場では、研究機関側の登壇者たちが、その壁をどのように越えているのかを率直に語りました。

「大学ってなんだか敷居が高い、先生に直接連絡するのは緊張する……そんな声をよく聞きます。だからこそ、我々のような中間支援組織が“クッション役”になって、企業と大学をうまくつなぐ存在でありたいんです」。

そう語ったのは照屋氏。研究成果の社会実装が進まない背景には、情報の行き違いやマッチングの難しさがあるとし、それを解消するための窓口が必要だと訴えます。

「大学の先生方も、社会貢献というミッションの中で、企業のニーズを知りたいと考えています。でも、研究室のドアをノックするのは簡単ではありません。だから私たちは、“こんなことに困っている企業がある”という声を拾い、そこに合う先生を紹介していく役目を果たしています」。

続いて、トロピカルテクノプラスの渡嘉敷氏も、研究機関へのアクセスの難しさについて同意を示しました。

バイオというニッチな領域なため、知名度や頼りやすさに課題があると話す渡嘉敷氏。

「私たちのセンターは名前も堅いですし、何をやっているのか分からないと言われることもあります。だから、まずは丁寧に話を聞き、“それならここに相談してみましょう”と案内するようにしています」。

さらに渡嘉敷氏は、地域内外の複数の機関が連携して支援ネットワークを構築する重要性を強調しました。

「たとえば、工業技術センターに相談が来た内容が『うちの方が向いているかも』ということで回ってくることもありますし、逆に私たちから別の機関へ紹介することもあります。連携の中で最適解を探るようにしているんです」。

こうした“受け皿”としての支援体制が機能する一方で、課題も浮かび上がってきます。中でも多くの登壇者が共通して口にしたのが、「窓口が多すぎて、どこに相談すればいいか分からない」という声でした。

オープンな研究機関が地域にある重要性について繰り返し伝える名倉氏。

「特に沖縄のように支援制度が多い地域では、“とりあえずどこに行けばいいの?”という戸惑いがあると思います。だから、まず声をかけてもらえた人に、私たちが責任を持って対応する。それを一つひとつ積み上げていくしかないと考えています」。

名幸氏もまた、“地道に関係性を築く”姿勢の大切さを語ります。

「私たちのような支援組織が、まず“話しやすい人”になることが大事だと思っています。大学の取り組みって、どうしても専門的になりがちですけど、“とりあえず相談してみよう”と思ってもらえる関係を作るところから始まるんです」。

企業、大学、研究機関。それぞれが異なる前提と課題を抱える中で、こうした支援者たちは、対話の接点をつくり続けています。

人がつながる、地域が動き出す

豊富な事例を紹介し、具体的な利用および連携イメージを持てるよう発表する登壇者たち。

議論の終盤では、登壇者たちが今後に向けた展望を語りました。共通して語られたのは、「人と人とのつながり」がいかに地域と研究機関の未来を形づくるか、という視点です。

「私たちは『沖縄をつくる人の誇りをつくる』というパーパスを掲げていますが、あえて“企業”ではなく“人”にフォーカスしているんです」。

そう語ったのは照屋氏。同氏は沖縄の課題解決に向き合う上で、組織ではなく“誰がいるのか”を重視すべきだと強調しました。

何のために存在している施設なのか、パーパスを繰り返し伝える照屋氏。

「沖縄では、この課題なら“あの人に聞けばいい”という距離感があるんです。だからこそ、組織ではなく、人のつながりをつくっていくことが何より大切なんです。それが結果として企業や地域の成功につながると考えています」。

その言葉に、渡嘉敷氏も深く頷きました。CIC Tokyoでの研修経験をふまえ、こう語ります。

「たしかに首都圏はチャンスが多いです。でも、チャンスがある場所にいても、結局は“行動を起こす人”がいないと何も起きません。自ら動き、出会い、つながることで初めて変化が生まれるんだと感じました」。

渡嘉敷氏はまた、「業界ごとの縦割り」が沖縄における課題の一つだと指摘しました。

「たとえば、スタートアップ関係者とバイオ系企業が交わることが少なかったり、既存の経済団体がスタートアップの動きを理解していなかったりします。だからこそ、業界横断の接点をもっと増やしたいですね」。

そうした中で期待が寄せられたのが、コワーキングスペースという場の可能性です。

「地域に根ざしたコワーキングスペースには、業界も立場も違う人たちが集まります。そういう場所で“誰かに会える”“誰かにつないでもらえる”という状態をつくることが、次のステップを生む鍵だと思っています」。

名幸氏もまた、組織や制度ではなく“顔の見える関係”こそが、これからの連携を支えると話します。

「どんなに立派な支援体制があっても、最終的に頼れるのは“誰と話せるか”なんです。だから僕たちは、一人ひとりに向き合って、まずは信頼してもらえる存在になることを大切にしています」。

議論の最後に、モデレーターの名倉氏がこう締めくくりました。

「研究機関のリソースは、まだまだ地域のために活用されうるものです。ただし、その可能性を引き出すには、人と人をつなぐ“ハブ”となる存在が欠かせません。そうした人が地域のあちこちにいる、という状態が理想だと思います」。

名倉氏の言葉が象徴するように、このセッションは「人の力」が持つ可能性を改めて確認する場となりました。組織を超え、分野を超え、地域を超えて、どのように人と人がつながっていくか。その問いは、沖縄のみならず、あらゆる地域にとって共通する未来のテーマなのかもしれません。

渡嘉敷 唯章

一般社団法人トロピカルテクノプラス
専務理事

琉球大学農学部を卒業後、株式会社トロピカルテクノセンターで熱帯・亜熱帯地域資源の研究開発に従事。その後、一般社団法人トロピカルテクノプラスにて沖縄のバイオ関連産業を支援する沖縄健康バイオテクノロジー研究開発センターの運営管理を行っている。また、県内バイオ関連企業や大学等の研究開発や事業化を支援する沖縄バイオコミュニティの事務局も務めている。

名幸穂積

一般社団法人アントレプレナーシップラボ沖縄
代表理事

沖縄県出身。大学卒業後、銀行系VC、会計事務所で勤務を経て、トロピカルテクノセンター(TTC)入社し、総務、経理、人事、企画、ベンチャー企業支援(バイオ、IT)等を担当。平成19年にTTC代表取締役に就任。
その後、琉球大学地域連携推進機構非常勤講師・コーディネーターとして、起業家人材育成プログラムの企画・運営に従事し、平成30年2月にアントレプレナーシップラボ沖縄(ESLO)を設立。代表理事に就任。

名倉 勝

CIC Institute/一般社団法人スタートアップエコシステム協会
Director/副代表理事

核融合工学で博士号を取得後、文部科学省に入省し、大学発スタートアップ政策を担当。米国に留学した後、経営コンサルティング、ベンチャーキャピタル等の勤務を経て、日本最大級のイノベーションセンターであるCIC Tokyoの立ち上げに参画。現在は、CICの実施するスタートアップ支援プログラムやエコシステム構築事業の責任者を務める。2022年に一般社団法人スタートアップエコシステム協会の設立に参画。東京科学大学の特任教授も務める。

照屋 潤二郎

株式会社 沖縄TLO
代表取締役

琉球大学農学部を卒業後、研究機関や企業で微生物や藻類に関する事業に携わりました。沖縄の泡盛メーカーでの産学連携プロジェクトをきっかけに、中小企業における産学連携やグラントの活用の重要性を実感し、産学連携を担う人材を育成する事業においてNEDOフェローとして技術移転機関で活動しました。2008年に沖縄TLOに入社し、企業の研究・商品・技術開発の支援や、産業界の問題解決および産業振興につながる施策提案などの公共プロジェクトに携わってきました。2022年に代表取締役に就任し、沖縄の成長につながる様々な可能性を持つ企業や大学、そこに属する方々に寄り添い、伴走することで、ビジネスの成長と成功を実現し、関わる人々の「誇り」をつくり出すことを目指して活動しています。

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