沖縄県沖縄市。胡屋地区、中の町地区まで広がる文化圏で「コザ」の愛称で知られる同エリアで、全国各地からコワーキングスペースやコミュニティに関わるプレイヤーが一堂に会するイベント「FLC Fes 2025 in Koza」が開催されました。運営するのは、有意義なコワーキングスペースを全国に広げることを目的に設立された一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会(以下「JCCO」)。
「Find the new relationship between Local economy and Coworking space(地域経済とコワーキングスペースの新たな関係性を見つける)」と題された通り、参加者それぞれが「地域×コワーキングスペース」の在り方を模索する2日間となりました。
本記事では、「大企業の“働き方”の最前線とコミュニティの活用について」をテーマとして行われたセッションの様子をお届けします。
大企業が見据える、働き方の最前線
日本を代表する大企業から3名のスピーカーが登壇。
本セッションでは、パナソニックホールディングス株式会社よりリードリンクの福井 祟之氏、三井不動産株式会社グループ長の岡村 英司氏、株式会社日建設計執行役員の石川 貴之氏といった、大企業の働き方の最前線に立つ3名が登壇しました。
「働き方のテーマって、フリーランスやリモートワーカーといった自由な働き方をしている方々にとって、当たり前で聞き慣れたものになっているかもしれません。でも、大企業の中にいると、その自由をどうデザインしていくかがすごく重要なんです」。
セッションの冒頭、口火を切ったのはモデレーターを務めたSUNDRED株式会社のCIEOでチーフエバンジェリストの上村 瑤子氏。自身もベンチャー企業での経験を経て、現在は全国を飛び回りながら、コミュニティの力を活用して新しい産業づくりに挑戦しています。
SUNDRED株式会社のCIEOでチーフエバンジェリストの上村 瑤子氏。
上村氏の導入ののち、最初にマイクを握った日建設計の石川氏は、自社のオープンイノベーション施設「PYNT(ピント)」の事例を紹介しました。
株式会社日建設計執行役員の石川 貴之氏。
「私たちは、社会課題に挑む場としてオフィスを作り直しました。大切にしているのは、“個人のパッションを組織のミッションに接続し、社会にインパクトを生む”という考え方です。これからは、組織を閉じるのではなく、社内外をつないでいくことが不可欠です。PYNTでは、社外パートナーとともにプロジェクトを推進し、場自体が進化していく構造を取り入れました」。
一方、三井不動産の岡村氏は、シェアオフィス事業「ワークスタイリング」のリブランディングに携わった経験から次のように話します。
三井不動産株式会社グループ長の岡村 英司氏。
「もともとは“どこでも働ける場”の提供が主眼でしたが、今は“幸せな働き方に気づくきっかけ”をテーマにしています。場所だけではなく、体験や出会いを設計していく方向にシフトしました。企業経営においても、良好な人間関係を育むことが大事です。幸せとは、良好な人間関係であると、ハーバード大学の研究でも明らかになっています。働き方改革とは、単なる効率化ではなく、そうした関係性を育むことだと考えています」。
最後にマイクが渡ったのは、パナソニック ホールディングスの福井氏。パナソニックは松下電器時代に週休2日の文化を国内で一番最初に取り入れた会社で知られており、働き方では古くから先進的な取り組みを進めていました。そうした文化を持つ同社で、新たに働き方のR&D(研究開発)部門が発足。その担当者が福井氏です。
パナソニック ホールディングス株式会社リードリンクの福井 祟之氏。
「新しい価値を生み出すためには、働き方のプロセスそのものを変えなければなりません。そのため、私たちは働き方の研究開発部門である、EX(エンプロイー・エクスペリエンス)革新室を立ち上げました。社内の制度や文化そのものを“研究開発”の対象とし、組織設計であったり、意思決定のフローの設計を変えてみたりと、日々トライアンドエラーを繰り返しているところです」。
EX革新室では、働き方について「仕事の成果=環境×プロセス×関係×人×意味×仕事」と立式を組んでおり、特に環境から意味までの因数を仕事の成果を左右する係数と考えて整理。それぞれの係数を調整しながら、仕事の成果に資する働き方を試行錯誤しているそうです。
三者三様の話の中で見えてきたのは、それぞれの仕事や働き方への向き合い方、捉え方でした。働き方を変えることは、単なるテレワーク導入ではありません。それは、組織文化や個人の意識、そして社会との関わり方そのものを見つめ直す試みだったのです。
個人のパッションを、組織と社会につなぐ
登壇者の取り組みの紹介が終わった後、上村氏からは「働く社員と組織の方向性を合わせた働き方をデザインするにあたり、どのような点に気をつけていますか?」と問いが投げかけられました。
個人と組織のバランスをどう取るか、難しいテーマを登壇者に問いかける上村氏。
「今って、ひとりひとりの“やりたい”を拾い上げる時代になっています。でもそれを、会社の中でどう育て、社会に接続していくかが難しい」。
日建設計の石川氏は、そう語りながら自身の取り組みを振り返ります。同社が運営するオープンイノベーション拠点「PYNT(ピント)」は、社員一人ひとりの「パッション」を起点に、社会課題解決を目指すプロジェクトを生み出す場として設計されました。
「私たちは、“社会の変化に合わせて、場そのものが進化する”ことを意識しています。PYNTでは、毎月のようにレイアウトを変更して、新しい試みを受け止められる柔軟性を持たせています」。
固定されたオフィスではなく、変化を前提にした「場」。そこには、組織の論理よりも「個人の意志」を尊重する文化づくりが求められました。
三井不動産の岡村氏も、個人の力を引き出すことの難しさと大切さを語ります。
働く環境の変化が人に与える影響について語る岡村氏。
「働き方の選択肢が増えた今、自由に見えて、逆に孤独を感じる人も増えています。だからこそ、“誰かと一緒にいる感覚”を持てる場づくりが必要なんです。ワークスタイリングでは、単なるオフィス提供から一歩進み、共通の関心を持つ人同士が出会うテーマ型ワークショップなども展開してきました。空間をただ貸すだけではなく、“この場所に来ると誰かとつながれる”という期待感を設計するよう意識しています」。
一方、パナソニック ホールディングスの福井氏は、組織文化そのものを変える試みを進めています。
「EX革新室では、社内のあらゆるプロセスを見直して、“社員が本当に生き生きと働けるか”を徹底的に追求しています」。
福井氏は、従来型の「管理する働き方」から「支える働き方」への転換が必要だと力を込めます。
「上司は、評価する存在から、支援する存在へ。会社は、指示する場所から、応援する場所へ。そう変わっていかないと、新しい価値は生まれません」。
3人の登壇者の話には共通して、「個人」を起点にしながらも、それを孤立させず、組織や社会とどう接続するかを模索する姿勢がありました。
これからの働き方に、コミュニティが不可欠な理由
上村氏からの問いについて、白熱した議論が交わされる壇上。
「働き方って、“場所”だけ変えたら解決するわけじゃないんです。結局、“人と人との関係性”をどう育てるかが問われているんだと思います」。
三井不動産の岡村氏は、セッションの最後にそう語りました。ワークスタイリングのリブランディングを通じて見えてきたのは、「オフィス空間の最適化」よりも、「関係性の質」を高めることの方がはるかに重要だという現実だったのです。
日建設計の石川氏も、PYNTの運営で実感していると言います。
ハードだけでなく、ソフトの重要性についても熱く語る石川氏。
「働き方を変えるためには、まず“対話する場”が必要です。正解がない時代だからこそ、さまざまな立場の人が意見を交わし合いながら、“これからの仕事”を共にデザインしていく。そういうコミュニティ型の働き方が必要になってきています」
PYNTでは、社員だけでなく社外のパートナー、地域のプレイヤーたちも巻き込み、共に試行錯誤しながら「新しい働き方」を模索するプロジェクトを次々と立ち上げています。
一方、パナソニック ホールディングスの福井氏は、「個人」を起点にした文化変革がいかに難しいかを率直に語りました。
働き方のR&D部門としてさまざまな試行錯誤に取り組んできた福井氏。
「トップダウンで制度を変えても、現場の意識が変わらなければ働き方は変わりません。だからこそ、EX革新室では“社員一人ひとりが主体的に関わる”仕掛けを意図的に作っています。たとえば、制度改革プロジェクトには、希望する社員が誰でも参加できる形にし、部署を越えた横断的な対話を促進。自分たちの職場環境を『自分ごと化』する文化を育てています」。
最後に、福井氏は話を総括して次のように締めくくりました。
「制度もオフィスも、単なる手段にすぎません。本当に大切なのは、“ここで働いてよかった”と一人でも多くの社員に思ってもらえること。そのために、私たちはこれからも問い続けたいんです。“あなたにとって、いい働き方ってなんですか?”と」
セッション全体を通して浮かび上がったのは、「働き方改革=個人と組織、そして社会との新たな関係性づくり」であるというメッセージでした。 そして、その関係性を育むために必要なのは、コミュニティ――つまり、互いを認め合い、支え合いながら未来を共につくる「場」だったのです。