沖縄県沖縄市。胡屋地区、中の町地区まで広がる文化圏で「コザ」の愛称で知られる同エリアで、全国各地からコワーキングスペースやコミュニティに関わるプレイヤーが一堂に会するイベント「FLC Fes 2025 in Koza」が開催されました。運営するのは、有意義なコワーキングスペースを全国に広げることを目的に設立された一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会(以下「JCCO」)。

「Find the new relationship between Local economy and Coworking space(地域経済とコワーキングスペースの新たな関係性を見つける)」と題された通り、参加者それぞれが「地域×コワーキングスペース」の在り方を模索する2日間となりました。

本記事では、「地域で生きる一人ひとりの“やりたい”を引き出す取り組みと姿勢」をテーマとして行われたセッションの様子をお届けします。

地域で“芽吹く”ための土壌づくり

本セッションのモデレーターを務めるのは、JCCO代表理事でFLC Fes 2025 in Kozaの実行委員長である青木 雄太氏。自身の来歴を簡単に紹介したのち、各登壇者の自己紹介へつなぎました。

モデレーターを務めるJCCO代表理事でFLC Fes in Kozaの実行委員長である青木 雄太氏。

最初にマイクを握ったのは、合同会社CとHの共同創業者でCEOの伊藤 紗恵氏。石川県珠洲市飯田町のコワーキングスペース「OKNO to Bridge」を運営しています。

合同会社CとHの共同創業者でCEOの伊藤 紗恵氏。

「珠洲市は母が生まれ育った地で、コロナ禍を機に移住。これまでの人事のキャリアを活かし、フリーランスで奥能登地域で活動を始めました。その後、『地域丸ごとパラレルキャリア』というビジョンと『ワクワクが集まる地域づくり』をミッションに掲げ、合同会社CとHを設立。奥能登の働く可能性を広げようとコワーキングスペース『OKNO to Bridge』を立ち上げ、運営をしています」。

同スペースは、本店である珠洲市の他に金沢、高岡四条の3拠点にまで拡大。伊藤氏は二地域移住アドバイザーとしても活動しており、地域内外の人が交わる場づくりを進めてきました。

続いてバトンを継いだのは、株式会社TYH GROUP代表取締役の加治屋 紗代氏。「少しのおせっかい」をキーワードに、鹿児島市の古民家での活動と、コワーキングスペース「Li-ka1920」の運営を行っています。氏は場で仕掛けているコンテンツについて次のように話しました。

株式会社TYH GROUP代表取締役の加治屋 紗代氏。

「朝活や若者会、女性起業家の集まり、せんべろ会といった、さまざまな小さな活動が同時多発的に生まれることで、場がどんどん育っていくんです」

イベントで人を集めることよりも、「誰かのやりたい」が自然と形になること。その循環こそが、地域におけるコミュニティの本質的な力となっているようです。加治屋氏はさらに、場づくりにおいて「余白の大切さ」についても語りました。

「何かを企画するよりも、自然と集まる場にしたい。そのために大事なのは、プログラムよりも“余白”です。余白があるからこそ、人が自分のペースで関われるんです」

こうした発想の背景には、地域における“関わりしろ”の設計思想があります。都市に比べて人口が限られる中で、ひとり一人の関わり方を尊重することが、結果的に長く続く場づくりにつながるといいます。

最後にマイクを握ったのは、Route Design合同会社の津田 賀央氏。長野県富士見町にあるコワーキングスペース「森のオフィス」を運営しています。元は大学の保養所だった場所を、津田氏が中心となって2015年にリノベーションし、地域の拠点として育ててきました。

Route Design合同会社の津田 賀央氏。

「最初は移住促進が目的でした。でも、それだけでは持続しないことにすぐ気づいたんです。人が移り住むのは、その人の人生の選択。だから、何をしたくて来たのか、どんな価値観を持っているのか、丁寧に聴くことが大切なんです」。

今では、200を超えるプロジェクトがこの場所から生まれ、地域内外の人々が交差するハブのような役割を担っています。重要なのは、ここが単なる“仕事場”ではなく、人々の価値観や暮らし方と交わる「土壌」であるということでした。立派な施設を用意することよりも、関わる人の思いにどれだけ寄り添えるかが問われているのです。

「ここに来ると何かが始まる」「ここでなら話ができる」――そんな感覚を持てる場があることが、利用者にとってどれほど心強いことか。登壇者たちの語りからは、“土壌”を耕すように地域と向き合い、丁寧に関係を育ててきた日々の営みが浮かび上がってきました。

役割ではなく関係でつながるコミュニティ

場とコミュニティの成長について議論を交わす登壇者たち。

「うちは、計画してプロジェクトを作ってるわけじゃないんです」。そう話すのは、コワーキングスペース「OKNO to Bridge」を運営する伊藤氏。同氏の拠点では、計画ではなく“関係”が先にあるといいます。

「訪れた人がアイデアを持ち込むと、それに共鳴した誰かが関わり始める。それを何度も繰り返すことで、自然とプロジェクトが立ち上がっていくんです」

運営者の得意分野やネットワークを持ち寄り、誰か一人が全部背負うのではなく、仲間と支え合う。「完璧に準備された場所」ではなく「未完成でも関わりたくなる場所」こそが、人を引き寄せると伊藤氏は話します。

ともにつくり、ともに育てる大切さを語る伊藤氏。

ここで登壇者たちの間で交わされたキーワードが「土壌調整」でした。

「雑木林って、いろんな種が飛んできて、自然に育つじゃないですか。コミュニティもそれと同じだと思うんです。必要なのは、豊かな土壌を整えることなんですよ」

津田氏がそう語ると、伊藤氏も深く頷きながら加えます。

「そのためには、人の背景を聴くことが欠かせません。何を抱えて、何を求めて、ここにやってきたのか。それを知ることで、私たちもどう関われるかが変わってくるんです」

つまり、拠点とは情報やサービスを提供するだけの場所ではなく、むしろ対話の中で互いの可能性を引き出し合う“関係性の場”なのです。場に訪れる人が「顧客」ではなく「仲間」になる。それは、役割ではなく関係でつながるというコミュニティのあり方を体現していました。

地域においてていねいに関係を築き、場とコミュニティを育んできた登壇者が揃う。

こうした“関係性”を中心とした拠点のあり方は、都市部に限らず、さまざまな地域にも通じる視点です。伊藤氏は「地域の中で誰かと深くつながるということは、互いに見守り合う関係を築くことでもある」と話します。

「『OKNO to Bridge』では、単に新しいプロジェクトを立ち上げるだけでなく、子育てや介護といった生活の課題も共有される場面が多いんです。そのたびに、『じゃあ、私にもできることがあるかもしれない』と誰かが動く。それが自然発生的な助け合いの仕組みとなり、地域の暮らしと結びついていくのです」。

一緒にいる時間が、関係をつくる。関係ができて初めて、場に“重み”が生まれる。伊藤氏のこの言葉には、コミュニティの根っこにある人間同士の信頼が滲んでいました。

未来を照らす、小さな場の連なり

会場と登壇者に向け、千思万考の問いを投げかけるモデレーターの青木氏。

セッションの終盤、青木氏が会場に向かって「これから、どんな場が必要だと思いますか?」と問いかけました。登壇者たちはまるで自分の暮らしに問い返すように、静かに語り始めます。

「起業家とか、活動家とか、そういう人じゃなくても関われる場所が大事」と答えたのは津田氏。地域に関わりたいけど「特別なスキルがないといけないのでは」と躊躇する人も少なくありません。だからこそ、「ただそこにいてもいい」場の存在が重要だと話します。

「地域の課題を“解決”するための場所じゃなくて、“ともに生きる”ための場所。私たちがやってるのは、そういうことだと思います」。

伊藤氏も、津田氏の話にそっと言葉を重ねました。拠点という存在が、問題解決の“手段”としてではなく、人々の営みを支える“土台”として機能する。これこそが、地域における本当の意味での“持続可能性”なのかもしれません。

登壇者それぞれが語ったエピソードは、決して大げさではありません。どれも身近で、小さな日常の積み重ねから生まれたものでした。だからこそ、会場にいた人々も「自分にもできるかもしれない」と感じられたのではないでしょうか。

等身大の場とコミュニティの大切さが語られた本セッション。

この日交わされたのは、具体的なノウハウやマニュアルではなく、場づくりを通じて得た「人と人のつながり」の実感でした。セッション中に語られた、「場をつくるのは姿の見えない誰かのためじゃなく、自分も含めた“みんな”のためだ」という言葉が、本セッションの本質を表しています。

最後に、津田氏は「場の価値は、数字で測れるものではない」と話しました。

「何人来たか、どれだけ稼いだかも大事だけど、それ以上に“その人にとっての意味”があるかが重要なんです。1人の人生が変わるような出会いが、ここでは起きている。それこそが、場を続ける理由になります」。

伊藤氏もまた、「うまくいったことより、試行錯誤の連続だった」と語ります。時には誰も来ない日もあり、自問自答を繰り返した日々。けれど、その中で得た小さな手応えが、次の一歩を照らしてくれたといいます。

こうした実践者たちの語りは、参加者にとって「完成形」ではなく「継続中の物語」として響いていました。今ある拠点の形も、これから出会う人との関係の中で変化していく。その“未完成さ”こそが、場に命を与えているのかもしれません。

青木 雄太

一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会
代表理事

株式会社funky jump代表取締役。コミュニティマネージャーの業務支援ツール”TAISY”の開発や、米国・欧州の手法を取り入れたワークスペースのコミュニティ創出・運用のコンサルティングを行う。
また、2023年6月に一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会(JCCO)を設立。コミュニティマネージャーの育成から、コワーキングスペース経営におけるコミュニティを活用した不動産価値向上のアドバイスまで、コミュニティに関するあらゆるサポートを行う。

伊藤 紗恵

合同会社CとH
共同創業者・CEO

大手損保の人事からキャリアをスタートし、 HRTech新規事業、大学の学部の立ち上げ、スタートアップスタジオ等を経験したのちフリーランスとして独立。2023年石川県珠洲市で「地域丸ごとパラレルキャリア」のビジョンで合同会社CとHを共同創業。24時間コワーキング兼ビジネスコミュニティ『OKNO to Bridge(奥能登ブリッジ)』を立ち上げ、地域の若手のキャリア支援、地域内外企業とのビジネス創出、などの事業を行う。令和6年元旦の能登半島地震により事務所が被災し全壊となったのち、金沢、高岡、珠洲で拠点を再度立ち上げ、コワーキングを間口とした復興活動を展開中。

津田 賀央

Route Design合同会社
代表/サービスデザイナー

Route Design合同会社 代表/サービスデザイナー
富士見 森のオフィス 運営代表
PILE -A collaborative studio- 運営代表

2001年から広告会社、東急エージェンシーにてデジタルコミュニケーション領域に関わるプランナーとして、さまざまな国内クライアント企業のデジタルプロモーションの企画やサービスに携わる。
2011年末からは、クラウド技術を用いたサービス開発やプロトタイプのデザイン、UXを設計するプランナーとしてソニーに転職。
2015年5月から長野県の富士見町へ移住し、自身のプランニング/デザイン会社Route Design合同会社を設立。
同町役場の移住促進施策の一環としてコワーキングスペース「富士見 森のオフィス」を立ち上げ、現在も運営代表を務める。
コワーキングスペースにおけるコミュニティー作りに励みながら、クライアント企業のブランドコミュニケーションから新規事業支援、ソーシャル/コミュニティデザインまで、幅広く取り組む。
2023年4月からは自身の出身地でもある横浜市にクリエイター向けコワーキングスペース「PILE -A collaborative studio-」を立ち上げた。
趣味はマウンテンバイク、スノーボード、クライミングに音楽制作。

加治屋 紗代

株式会社TYH GROUP
代表取締役

鹿児島市出身。専門商社と国際総合物流企業経験後、通信販売会社代理店のスーパーバイザー(SV)を担当。主婦を中心とする営業チームを作り、新規契約客のみで年間売上2億円を達成し、1200社ある代理店の中でチームを新規売上1位へ導く。現職では鹿児島市中央町にあるLi-Ka1920の5階フロアの開業前コンサルティング及び運営事務局の管理を担当。その後2022年11月に起業し、現在はスタートアップ起業や中小企業への伴走支援やアントレプレナー育成支援事業を実施。またプライベートでは鹿児島市にあるコミュニティ『名山町バカンス』代表として、「少しのおせっかい」をキーワードに朝活を通じて人とのつながりをテーマに活動中。

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