沖縄スタートアップエコシステムの中心を担う「コザスタートアップ商店街」。同エリアにて、地域とコワーキングスペースの新たな関係性を探求する業界最大級のイベント「FLC Fes 2025 in Koza」が開催されました。運営するのは、有意義なコワーキングスペースを全国に広げることを目的に設立された一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会(以下「JCCO」)。同団体は、内閣府の「令和6年度沖縄型中核人材育成事業」の採択を受け、沖縄域内のコワーキングスペースの高収益化とスタートアップの集積・育成を目的とした「コミュニティマネージャー向け自立型スタートアップ支援者育成プログラム」を作成、実施しました。
コースは2つ用意されており、沖縄域内のコミュニティマネージャーを沖縄域外に半年間派遣し、スタートアップ集積拠点においてワークスペースの運営ノウハウを深める「派遣コース」と、沖縄エリアのスタートアップエコシステムの現状を整理する講座、コミュニティマネージャーとしてのスキルアップを目指す講座、スタートアップへの理解や姿勢を学ぶ講座の3本からなる「座学コース」で構成されています。
本記事では、FLC Fesにて行われた「座学コース」の事業報告の様子をお届けします。
スタートアップにおけるコワーキングスペースの価値
それぞれ異なるバックグラウンドを持つ登壇者たち。
FLC Fesの初日。内閣府の「令和6年度沖縄型中核人材育成事業」における「派遣コース」の最終報告会に引き続き、「座学コース」の報告会が行われました。壇上には、株式会社エンターテイン代表取締役CEOの常川 朋之氏と合同会社OpenCrucible代表社員の濱地 健史氏2名が登壇。モデレーターはFLC Fes実行委員長でJCCO代表理事の青木 雄太氏が務めました。
冒頭は登壇者の自己紹介からスタート。最初にマイクを握ったのは常川氏。自身のインパクトのある外見に触れながら、「実はこれでカタい仕事をしてきたんです」と話し始めました。
株式会社エンターテイン代表取締役CEOの常川 朋之氏。
「私のキャリアは商工会議所の職員から始まりました。仕事上周りの方々に経営者が多く、憧れて起業したもののうまくいかず、アクセラレータープログラムに参画をします。その後、特に地方行政のアクセラレータープログラムの企画運営を担当し、産業創出のためのスタートアップ支援をしておりました。現在はインキュベーション施設の運営や中小企業の支援などを行っています」。
「髪型以外の特徴としてはこんなところです」と締めくくって会場の笑いを誘い、続いての登壇者の自己紹介へ。濱地氏がバトンを受け継ぎました。
合同会社OpenCrucible代表社員の濱地 健史氏。
「私はコワーキング界隈の人間ではなくて、どちらかというとスタートアップ領域の人間です。これまでは、主にディープテックの分野で研究開発や技術開発の伴走支援、リーガルやファイナンス面でのサポートを行ってきました。今回はコワーキング領域以外の立場から、コワーキングスペースやコミュニティマネージャーについてお話しができればと思っています」。
登壇者2名の自己紹介を終え、プログラムはメインであるテーマトークへ。今回与えられたテーマは大きく2つあり、まずは「スタートアップ領域から見たコワーキングスペースの価値」について議論が交わされました。
「もちろんあるでしょう」と、最初に口火を切ったのは青木氏。「このメンバーなら殴り合いの議論が楽しくできると思って期待しているんです」と忌憚の無い意見交換ができる壇上の空気をつくりつつ、端的に自身の考えを述べました。
モデレーターを務めるFLC Fes実行委員長でJCCO代表理事の青木 雄太氏。
「私自身、起業したての頃は登記のためにコワーキングスペースを利用していました。最初は取り組んでいる事業領域が近いために、『使っておくか』という感覚程度だったと思います。実際に使用してみて、同世代の起業家やステージが少し上の先輩起業家が近くにいる環境ってとても心強いんですよ。また、学生インターンや創業期のプレイヤーなど、ドラスティックに変化し続けている人が身近にいることで受けるポジティブな影響も魅力でしたね」。
「スタートアップ」への適切な価値提供ができているか?
一方で、「日本の現状において、という限定的な言い方になりますが、正直あってもなくてもあまり変わらないかと思う」と応えたのが濱地氏。
「大事なのは、コワーキングスペース業界の方々がおっしゃっているスタートアップが何を指しているのか、といった解像度の高さだと思います。一言でスタートアップと言っても千差万別で、何となくサラリーマンが嫌で起業しましたというスタートアップと、VCをはじめさまざまな資源を集めて最先端を突っ走っているスタートアップとでは、必要とするものが違います。そこを考えてサービス設計できているか、選ばれるコワーキングスペースを目指せているかが大事じゃないでしょうか」。
濱地氏はスタートアップから見たコワーキングスペースの価値について重要な見方を提示した上で、次のように続けます。
互いの意見に真剣に耳を傾ける両者。
「具体的な話をすると、私が関わっているスタートアップはディープテック領域で、制御工学やバイオ、ケミカル、医薬、宇宙といった分野があります。これらのスタートアップは、大きな専門機材が必要だったり、防音、防熱の設備が必須だったりするわけです。だから、不動産としてオフィスと比べて相対的に安価であるだけではニーズとして弱いんです」。
濱地氏の話に「なるほど」と応え、マイクを取った常川氏。「オフィス機能さえあれば良い、というわけではないですよね」と共感を示し、ターゲティングの難しさを次のように話ました。
「どのようなスタートアップが入るかは、コワーキングスペース運営者側でコントロールが難しいと思いながら話を聞いていました。スタートアップ側が『こうした環境が欲しい』を発信し、コワーキングスペース側はそれを敏感にキャッチして、機会を逃さないことが必要なのかなと思います」。
三者三様の意見があり、激論が交わされる壇上。
両者の話に「ちょっと『スタートアップにコワーキングスペースは必要ないんじゃないか?』説が強くなってきたので……」と青木氏。潜在的なスタートアップ層をインキュベーションする価値について言及します。
「地域のエコシステムにおいて、新しいスタートアップが生まれるためには今まさに目の前で汗をかいている人がいるという環境がとても大事だと思っています。コワーキングスペースで仕事をしていて、なんか隣の人頑張っているな、こんな遅くまで働いているなって、成功への道のりを歩んでいる人がいるのって結構刺激になるじゃないですか。また一方で、スタートアップに挑戦したものの別の道を選んだ人たちもいて、そうした成功だけじゃないさまざまな蓄積が土台となってスタートアップエコシステムを肥やしていくんじゃないかと思っています」。
コミュニティマネージャーはどのようにスタートアップに貢献できるか?
壇上の議論は白熱しつつも、テーマは次の「コミュニティマネージャーはスタートアップに貢献できるか」へと進行。最初に切り出したのは常川氏でした。
異なる意見をまとめ、円滑に議論を進行する常川氏。
「スタートアップってとても成長が早いので、最終的にコーヒーを出して差し上げるみたいな支援しかできなくなるんですよ。もちろん、これまでの過程でビジネスアイデアの壁打ち相手になったり、コミュニティマネージャー的なサポートもしたりしたのですが、常に『自分は本当にスタートアップのためになっているのだろうか』という葛藤があるんです。皆さんはどのように感じていますか?」。
常川氏の実体験からの投げかけに応えたのは濱地氏。
「自分自身、コミュニティマネージャーの気配りやサポートにはとても感謝しています。コーヒーを出してくれたり、声をかけてくれたり、やっぱり誰かが気にかけてくれるって嬉しいんですよ。ただ、役に立ったか、貢献したかという点では正直思っていたほどのものは無かったです」。
人間として感謝はしているが、ビジネスとしてはコミュニティマネージャーが「こうあってほしい」と願うほどの貢献はできていないのが事実なのではないか。そんなシビアな意見を客席のコミュニティマネージャーたちは真摯に受け止めていました。
「実は僕もそうだろうと思っています」と同意を示したのは、先ほど激論を交わしていた青木氏。
頭はクールに、ハートは熱く議論を交わす青木氏と濱地氏。
「これまで、コワーキングスペースにおけるスタートアップ支援が報われるタイミングについては、資金調達時や成功後であるといった意見が主流でした。スタートアップ支援を行うと、資金調達のラウンドを組む際にコワーキングスペースからの出資を受け入れる、というものです。ただ、これはほとんど実現しません。なぜかというと、資金調達後はコワーキングスペースの利用を終えるケースが多く、同時にスタートアップへの支援も終了することが多いからです。」
コミュニティマネージャーとして貢献した結果、何かバックが欲しいというモデルは『叶わぬ恋』だと喝破。しかし、それでも、と青木氏は続けます。
「コミュニティマネージャーは、たとえそうであったとしても、目の前の頑張る人を応援するスタンスを失ってはいけないと思っています。そのスタンスが無いのであれば、そもそもコミュニティマネージャーを置く意味がありません。コミュニティマネジメントは営業のように、いくら投下したからこれだけの売上が出るといったサイエンスされたものではない。とはいえ、因果関係までは定量化できなくとも、相関関係は明らかにできるよう努めるべきだと考えています」。
青木氏の話を受け、常川氏は「こうした正解のない問いを皆さんと一緒に考え、形にしていくことが大事ですね」と、FLC Fesの意義に触れて議論をまとめました。「JCCOとしてこの先コミュニティマネジメントの部分をふわっとした議論のままで進めるわけにはいかない」。そんな青木氏の決意をもって、報告会は幕を降ろしました。