沖縄県沖縄市。胡屋地区、中の町地区まで広がる文化圏で「コザ」の愛称で知られる同エリアで、全国各地からコワーキングスペースやコミュニティに関わるプレイヤーが一堂に会するイベント「FLC Fes 2025 in Koza」が開催されました。運営するのは、有意義なコワーキングスペースを全国に広げることを目的に設立された一般社団法人日本コワーキングスペース&コミュニティマネージャー協会(以下「JCCO」)。

「Find the new relationship between Local economy and Coworking space(地域経済とコワーキングスペースの新たな関係性を見つける)」と題された通り、参加者それぞれが「地域×コワーキングスペース」の在り方を模索する2日間となりました。

本記事では、「インバウンドや海外to日本ワーケーションとワークスペース」をテーマとして行われたセッションの様子をお届けします。

沖縄観光の新たな展望。量から質への転換

観光庁観光地域振興部企画室の亀谷 匡哉氏。

FLC Fesの初日に開催された当セッション。冒頭、沖縄県の交通・観光政策の企画を担当する観光庁観光地域振興部企画室の亀谷 匡哉氏の挨拶からスタートしました。

「沖縄は自然も文化も豊かで、観光地として多くの魅力を持っています。しかし、私たちは観光業の新たな方向性を模索する必要があると考えています。観光は沖縄の主要産業で、新型コロナウイルスの影響後、観光客数は急速に回復し、2024年には1,000万人に達すると予測されています。しかし、私たちは単に観光客数の増加だけを目指しているわけではありません」。

亀谷氏がそう話すのは、沖縄の観光業は回復の兆しを見せている一方で、地域経済の課題も浮き彫りになっているからです。

沖縄県の課題に耳を傾ける参加者たち。

「沖縄は日本国内で最も所得水準が低い地域です。約半数の県民が年収300万円未満で生活しています。その一因が『地域経済の循環率の低さ』です。現在、沖縄で生み出された収益の20%が外部へ流出しており、地域の経済発展にはさらなる工夫が求められます」。

こうした課題を解決するため、沖縄の観光政策は「量から質へ」とシフトし始めました。

「単に観光客の消費を増やすのではなく、新たなアイデアや優れたサービス、産業を生み出すことが重要です。私たちは沖縄をビジネスパーソンが訪れる場所として発展させることを目指しています。沖縄をビジネスの場としても発展させ、経済の循環を促進する。そのための戦略が『インバウンド&アウトバウンドアプローチ』です。沖縄が持つ独自の文化や地理的条件を活かしながら、世界とのつながりを深めることで、持続可能な観光と経済の両立を目指して取り組んでいます」。

亀谷氏のプレゼンテーションを終え、プログラムはトークセッションへ。The DECK株式会社代表取締役でBeyond the Community 代表を務める森澤 友和氏をモデレーターに、ディスカッション形式で進行されました。

モデレーターを務めるThe DECK株式会社代表取締役でBeyond The Community 代表の森澤 友和氏。

最初に口火を切ったのは、株式会社ライフブリッジ代表取締役の櫻井 亮太郎氏。氏は日本の観光業が直面する現状について語りました。

「日本を訪れる観光客の約70%が東京・大阪・京都に集中しており、彼らはそのまま帰国してしまい、他の地域にはほとんど行かないのが現状です。沖縄には美しい海、豊かな文化、そして独特の歴史がありますが、その魅力はまだ十分に知られていません」。

株式会社ライフブリッジ代表取締役の櫻井 亮太郎氏

氏はこの状況を打破するために、地方の観光事業者や百貨店、旅館のスタッフ向けにセミナーを開催し、外国人観光客とコミュニケーションを取ることへの恐怖心を克服する取り組みを行っています。

「日本人は英語を話せないことに対して過度にプレッシャーを感じています。しかし、大阪のおばちゃんのように、ユーモアを交えてフレンドリーに話しかけることが大切なんです。完璧な英語を話す必要はなく、大切なのは積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿勢です」。

また、氏はYouTubeチャンネルを運営し、15万人以上の登録者に向けて日本の知られざる観光地を紹介。「沖縄の石垣島や波照間島のような場所を世界に発信することで、新たな観光の流れを生み出したい」と話します。「日本にはまだまだ世界に紹介すべき素晴らしい場所がたくさんあります。その魅力を伝えるのが私の使命です」。

地方の魅力を発信し、都市部に偏った観光の流れを変えること。これが今後の沖縄観光の発展に向けた大きな課題であり、可能性なのかもしれません。

沖縄県の観光体験をアップデートするアイデア

次にマイクを握ったのは、株式会社NomadResortのCo-CEOである松本 知也氏。氏はデジタルノマドの視点から沖縄の可能性を語りました。

株式会社NomadResortのCo-CEO、松本 知也氏。

「私はコロナ禍でリモートワークが普及したのを機に、デジタルノマドとして世界中を旅しました。その後日本に戻り、福岡や沖縄でノマド向けのプロジェクトを展開しています。私の取り組みの一つに『ノマドリゾート沖縄』があります。昨年11月には観光庁の事業として、沖縄北部に30人のデジタルノマドを迎え、2週間にわたるプログラムを実施しました。プログラム内容は、自然体験や沖縄独自の文化プログラム。例えば、カチャーシーや沖縄空手、沖縄民謡など、地域の文化を感じてもらえる体験を提供しています」。

氏が特に注目しているのは、沖縄北部「やんばる」地域のポテンシャルです。「やんばる地域は手つかずの自然が残っており、都市の喧騒を離れて仕事をするには最適な場所なんですよ」と語る通り、都市部から離れたこのエリアは、自然と文化が融合したユニークな環境を持ち、デジタルノマドにとって理想的な場所だといいます。

「沖縄を単なる観光地ではなく、世界中のノマドワーカーが集まる拠点にすることが、地域経済の新たな可能性を生み出します。持続可能な観光を実現するためには、ビジネスの視点を持つことも重要ではないでしょうか」。

沖縄には、都市部と異なる自然豊かな環境があり、それが新たなビジネスを生む可能性を秘めています。また、氏は「沖縄の文化とデジタルノマドのライフスタイルを融合させることで、新しい働き方の拠点としての価値が生まれる」と展望を語りました。

最後にバトンを受け取ったのは、Coworkiesのco-founderであるPauline Roussel氏。今回で三度目の訪日となる氏は、これまでドイツのベルリンやブルガリアを拠点に活動し、世界中のコワーキングスペースを訪問してきました。

Coworkiesのco-founder、Pauline Roussel氏。

「私はベルリンの中心部で4年間、大きなコワーキングスペースを運営していました。その時に仲間と出会い、ワーキングスペースで働く人々が仕事を見つけ、スキルを向上できるよう支援する企業である『Coworkies』を創業しました。私たちは、コワーキングスペース業界をより良いものにすることを目標に活動しており、そのためにはより多くの人々を巻き込むことが重要だと考えています」。

Pauline氏はこれまで70都市・570拠点以上のコワーキングスペースを訪問してきた。その経験を通じて業界の発展に必要な要素を見出したといいます。

「コワーキングスペースは単なる作業場所ではなく、コミュニティそのものです。運営者や利用者だけでなく、これから開業を考えている人々、さらには大学とも協力し、次世代のコワーキングスペース業界を担う人材を育成することが重要です」。

また、氏はコワーキングスペースの意義を広めるため、書籍『Around the World in 250 Coworking Spaces』を出版。世界中のコワーキングスペースで得た知見が詰まった一冊をぜひ手に取って欲しいと紹介しました。

話が進むにつれ、熱を帯びていくPauline氏。

最後にPauline氏は、「ハック・コワーキング」というハッカソンイベントを企画しており、残念ながらコロナ禍で中止となったものの、日本での開催を強く望んでいると話します。

「このイベントを通じて、より多くの人がコワーキングスペースの可能性を知る機会を提供したいです。コワーキングスペース業界が社会に与える影響をもっと多くの人に知ってもらいたい。それが私のミッションなのです」。

観光資源を発掘し、効果的なプロモーションを

時折ジョークを織り交ぜつつ、和やかな雰囲気でディスカッションは進行。

それぞれの発表が終わった後は、いよいよパネルディスカッションへ。コワーキングスペースの運営者、観光業の専門家、そしてデジタルノマドの実践者といった、多種多様な顔ぶれが揃って行われたパネルディスカッションのテーマは、「コワーキングスペースが地域コミュニティや経済にどのように貢献できるのか」についてです。

まず話題に上がったのは、日本の観光産業の現状でした。櫻井氏は直近のデータを引用し、次のように話します。

ジョークを交え、会場の雰囲気を明るく保ちながら話す櫻井氏。

「2023年の年末時点で、日本には2,400万人の観光客が訪れました。これは過去最高の数字です。2012年にはわずか800万人だったので、コロナの影響を除けば、驚異的な成長です」。

氏はこの変化を「日本の再発見」と表現します。

「かつて、日本といえばホンダ、トヨタ、ソニーといった企業名が挙げられていました。しかし今では、漫画の『ワンピース』やエリアである『渋谷スクランブル交差点』、観光地の『京都の神社』に『沖縄の美しい海』など、多様な要素が日本のイメージとして定着しています。そして、観光のトレンドも日々変化しています。これまでのように東京や大阪といった大都市を巡るだけでなく、より長期滞在を希望するリピーターが増えているのです」。

また、観光トレンドの変化について、Pauline氏は単に日本を訪れるだけでなく、今後の観光には「交流」が重要になると指摘します。

全国各地を回ってきたPauline氏ならではの視点が議論を盛り上げる。

「以前の観光といえば、観光名所を巡ることが中心でした。しかし、今は現地の人々と出会い、文化を共有することが求められています。これを実現できる場所の一つが、コワーキングスペースだと考えています。例えば、バーやレストランだけではなく、コワーキングスペースでもイベントを開催することで、外国人と地元の人々の自然な交流を生み出すことができますよね。日本に来たばかりのフランス人がいたとして、コミュニティマネージャーが『この人はフランス語を少し話せる櫻井さんです!』と紹介する。実際には言葉が通じなくても、『とりあえず交流してみよう!』という場を作ることができる。それがコワーキングスペースの持つ大きな可能性ではないでしょうか」。

沖縄を拠点に活動する松本氏は、2人の話を受け、デジタルノマドの視点から沖縄の可能性について語りました。

沖縄県に拠点を置くからこそ見えてくるものがあると松本氏。

「沖縄の強みは、自然、独自の文化、そして快適な気候です。しかし、まだ世界的な認知度が低いのが課題ですね」。

この点について、観光コンテンツを発信する櫻井氏も同意を示します。

「日本を訪れる外国人の多くは、大都市を訪れた後に、『他にどんな場所があるのか?』と興味を持ちます。しかし、沖縄の情報はまだ十分に届いていません。だからこそ、私はYouTubeで沖縄の魅力を発信しているのです」。

続けて、沖縄の観光をより発展させるには、地域ごとの「特色」を明確にすることが重要だと訴えました。

「例えば、スキーが好きな人は北海道に行くように、沖縄は海や自然を楽しみたい人のための場所としてブランディングする必要があります。そして、どんな人をターゲットにするのかを明確にした上で、情報発信を強化すべきです」。

また、Pauline氏はスペインのカナリア諸島の例を挙げ、地域ごとのプロモーションの重要性を次のように説きました。

「カナリア諸島は、リモートワーカー向けのマーケティングを行い、北欧の寒冷地からの移住者を積極的に誘致しました。沖縄も、同じように戦略的なプロモーションを行えば、デジタルノマドにとって魅力的な滞在先として認知されるでしょう」。

議論は白熱し、さまざまな意見や知見が交わされた。

コワーキングスペースの可能性が、観光や地域といったさまざまな切り口で多角的に議論された本セッション。単なるワークスペースではなく、文化交流の場としての役割がますます重要になることが示唆されました。

「私たちは、自分たちの地域文化をもっと理解し、発信する必要がある」。
「コワーキングスペースは、単なる仕事場ではなく、地域の魅力を伝える場にもなり得る」。
「海外への情報発信がこれからさらに重要になる」。

こうした意見が交わされる中、櫻井氏は最後に「シビックプライド(地域への誇り)」を持つことの大切さを強調した。

「日本には、世界中の人々を惹きつける要素がすでに揃っています。それをどう伝えるかが鍵です」。

観光地としての日本、そして沖縄が今後どのように成長していくのか。コワーキングスペースという「場」が、その未来を形作る大きな要素になることは間違いありません。

亀谷 匡哉

沖縄総合事務局運輸部企画室
室長

平成5(1993)年9月20日生まれ。
奈良県に生まれ、徳島県で育つ。
平成29(2017)年、国土交通省に入省し、水管理・国土保全局に配属。その後、財務省主計局への出向を経て、航空局、鉄道局で法改正や政策の企画立案に従事。令和6(2024)年7月から現職。

櫻井 亮太郎

株式会社ライフブリッジ
代表取締役

仙台市出身。株式会社ライフブリッジ代表。全国でインバウンド人材育成に特化した研修・講演を行う傍ら、登録者300万人のYouTubeチャンネルの「Abroad in Japan」において地方創生系動画を数多くプロデュース。2020年4月には自らもYouTubeチャンネル「Ryotaro’s Japan」を開設。登録者数15.6万人のYouTuber、そしてフォロワー数7.2万人のインスタグラマーとして、多くの観光プロモーションに携わっている。内閣府クールジャパンプロデューサー、一般社団法人宮城創生DMO会長、宮城ワーケーション協議会共同代表。

Pauline Roussel

Coworkies
co-founder

co-founder of Coworkies and co-author of Around the World in 250 Coworking Spaces, managed a Berlin coworking space before exploring 550 spaces in 64 cities, inspired by their transformative impact on communities and urban life.

松本知也

株式会社NomadResort
Co-CEO

1992年東京都生まれ。横浜国立大学経営学部を卒業後、リクルートに新卒入社し、営業やマネジメントに従事。その後、コロナ禍のリモートワークをきっかけに旅への情熱が再燃し、退職。デジタルノマドとして世界各地での生活を通じ、日本と世界をつなぐ役割を目指す。福岡市の海外デジタルノマド誘客事業「Colive Fukuoka」ではコンテンツディレクションを担当。2024年、地域の遊休資産を活用したインバウンドプロデュース事業を展開する株式会社NomadResortを設立し、名護市でコリビング運営のほか、沖縄への海外デジタルノマド誘客事業「NomadResort Okinawa」を実施。現在、沖縄北部(やんばる)を拠点に活動中。

チケットを申し込む